「ただいま。」
玄関の扉を開けた瞬間に香ってくる
甘い香りをいぶかしみながら靴を脱いでいると、
「おかえりー!」という声と共にパタパタと珍しくブン太が玄関先
まで迎えにやってきた。
「ちょっと遅かったな。」
「あぁ、寄り道してきたからね。手を出して?」
料理中だったのかエプロン姿のブン太は何?という表情を
浮かべたが、それでも素直に両手の掌を上にして手を差し出した。
「ハイ、ハッピーバレンタイン。これ、今年のチョコレート。」
チョコンと手に提げていた有名百貨店の紙袋を差し出された掌の上に
置いた。
今年は何だ?と紙袋の中を覗き込んだブン太の瞳がしだいに爛々と輝きだす。
「うぉ!これオレが食べたいと思ってたフォンダンショコラじゃん!
良く分かったな!幸村サンキュ!」
抱きつかん勢いで喜ばれて口元が緩む俺に、唐突にブン太は
「そうだ!夕飯!もうすぐ夕飯にすっから、早く着替えてこいよ!」
と言ってウキウキとした足取りでリビングへと向かっていった。
喜んだ様子からの切り替えの早さに少し驚いたが、付き合い始めて約9年
もたてばこんなものなのかなぁ…と少し寂しさを感じながらも着替えを
するべく玄関を後にした。
「ごちそうさま。美味しかったよ。」
「おう!今日は少し気合いれたからな!
しかも今日はそれだけじゃないぜ!」
そう言って立ち上がりダイニングの隣りにあるキッチンへと
入り、ごそごそと忙しなく動いていたかと思うと、
大皿を持って戻ってきた。
「ほれ!これ俺からのバレンタインチョコ!一緒に喰おうぜぃ」
そしてテーブルの上にドンと置かれた皿の上には手作りのチョコレートケーキ。
「…バレンタインチョコ?」
付き合い始めて初めての事態にびっくりしているとブン太が
重ねて言う。
「そ、バレンタインのプレゼント。しかも、オレの美味しいって食べる姿っていう
おまけ付き!」
ケーキも嫌いじゃないけど、おまけも好きだろぃ?
そう自信有り気に笑うブン太に笑みを返して負けないくらい
自信溢れる声で答えた。
「ああ、大好きだよ。」
PR