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『もうあの手紙には気付いたかな。』
人々が忙しなく通り抜ける通りで立ち止まり見上げた空はもうすっかり暗く、
月が高い位置まで上っていて。
得体の知れない俺の事を拾ってくれた、優しくて男前で可愛くて
強気だけれど少し泣き虫なご主人様はもう恐らく帰宅している頃だろう。
君の元を去ることを告げた時にもし傷ついたバイオレット色の瞳
に見つめられたら…、行かないでくれと引きとめられてしまったら…
決心はきっと鈍ってしまう。
そんな自分勝手な理由で直接何も伝えずに手紙だけを残して去るという非常識で酷な
手段を選んだ。
『手紙読んだら…俺が戻らない事を知ったらブン太は泣くだろうか。』
きっと泣くだろう。そう考える一方で
俺には君の涙を拭う事が出来ないのだから、泣かないで欲しい。とも思う。
泣いて泣いて忘れられてしまうくらいなら、身勝手な俺を怒って、恨んで、
憎しみの対象としてでも良いから決してその心から追いださないで欲しい。
彼へ残した"さよなら"の手紙で忘れても構わない告げたのに忘れて欲しくは無いと
願う。
そんな矛盾した心と感傷を振りきる様に俺はペットから幸村精市へと戻るための
一歩を踏み出した。
by 僕から君への10の言葉 4.泣かないで COUNT TEN.
「どうしたんだよ。」
待ち合わせ場所のカフェにやって来たジャッカルは
人の顔を見るなり、ぎょっとした顔をして尋ねて来た
何てことは無い。泣き明かした翌日ってだけの話だ。
「どう見ても落ち込んでる様にしか見えねぇだろぃ」
「…そのケーキの量は落ち込んでる人間の食べる量じゃないし。」
「やけ食いだ、やけ食い。」
はき捨てる様に言ってから目の前にあるケーキの1つを大胆に
フォークで刺して口に運ぶ。その様子を尋常じゃないもんを
見る目で見守ってからジャッカルは態度を改めて心配そうに
聞いてくる。
「んで、何があったんだ?」
「…ペットが逃げた。」
「お前、ペット飼ってたのか?初耳だぜ。」
「おう、成人男性を一人な。」
「………犬とか、猫とかじゃなくか?」
「そう。人間のオス。」
あっけらかんと答えてやると、ジャッカルは頭を抱えて
唸りだした。
「それペットなのか!?同居とかじゃなく?」
「飯もやってて、ときどき風呂にも入れてやって…って完全に
ペットだろ。あ、語弊があるが、オレが居ないときは自分で
ちゃんと風呂入るぜ、人間だし。」
ペラペラとオレが喋る内容に更に頭を抱え出したジャッカル
は放っておいて話を続ける。
「それが、昨日急に置き手紙残して消えてたんだぜぃ。信じらん
ねぇよな。しかも、やり残したことやったら戻ってくるとか言っ
てる割に待たなくて良いよとか矛盾した事言いやがってさ。」
憤りをぶつけるようにケーキを次々と攻略しているとおずおず
とジャッカルが声を出した。
「あのさ、ブン太。」
「ん?」
「良く事情はわかんねぇけど。そのペットって奴は詐欺師とか
変な奴じゃねぇんだよな?」
「幸村に限ってあり得ねえ。」
「じゃあ、ブン太はどうしたいんだ?」
「オレは…」
そういえば、幸村が居なくなったことに動転するばかりで
自分がどうしたいかなんて考えてなかったかも…。
目からウロコなセリフにしばらくケーキを食べる手すら止めて、
ジャッカルを見つめる。
「おい、ブン太?大丈夫か?」
「あぁ…。ジャッカルって頭良かったんだな。」
「は!?分かんないなりに、なんとか答えてやってんのに殴られたいのか?」
「わりぃ、わりぃ。サンキュ。…オレさ、待ってるわ、幸村のこと。」
ガタン。と宣言するように拳を握って立ち上がる。
「待ってなくて良いよなんて言われて大人しく引き下がるような、
そんな大人しいオレだなんて思ってるなんてむかつく!
だから、忘れろって言われたって忘れてやんねぇ。幸村が帰って
来るまで待ち続けて一発お見舞いしてるぜぃ!お、じゃあオレ
帰る。聞いてくれてありがとな!」
そう言って居てもたっても居られずジャッカルの返事も聞かずに家に向かって駆け出した。
by 私から貴方への10の言葉 6.待ってるわ COUNT TEN.
どす…と膝から力が抜けてフローリングの床に尻もちを
ついた。先ほど思わず取り落してしまったペットからの初めて
の手紙を、倒れそうになる体を支える為についた手がぐしゃりと
潰してしまった事さえ構う余裕が無いほどブン太は混乱していた。
「ウソだろ…。」
確かに昨日の幸村はどこか元気が無くて…それでいていつも以上
にひっついてきておかしいとは思っていたけど…。
「こういう事かよ…。つーか、幸村って名字だったのかよ。
精市って…初めてフルネーム知ったぜぃ…。」
ははっ。乾いた笑いを漏らして行き場の無い衝動を散らすように
前髪を掻き揚げる。
「オレ、幸村の事なんも知らなかったんだな…あんなに一緒に居た
のにさ…ダセェ…。」
頬を熱い滴が伝う感触に思わず、両の掌で瞳を覆った。
支える手を失った体は重力に従って床へと倒れ込む。その際に
頭を強打したが身体に感じる痛みよりも心の痛みの方が激烈で…。
前はこんなに簡単に泣く事なんて無かった。いくら厳しい状況でも「天才的ぃ?」なんて余裕を決め込んで
乗り越えて来たのに。
幸村に会ってから幸村が甘やかしてくれるから、手放しで泣ける場所が出来て、泣くのを我慢しなくなって
途端に涙腺が弱くなって心まで弱くなった。
「責任取れよ、幸村のヤロー!っていうかいなくなる予定ねぇって
言ってただろぃ!嘘吐き!!」
抑えきれない感情の波をブン太は一人乗り越えるため、拭う人
のいない涙を一晩中流し続けた。
by 私から貴方への10の言葉 3.嘘吐き COUNT TEN.
親愛なる俺のご主人様。
これを読んでいるころ、俺は君の部屋に居ないだろう。
俺は俺のもといた場所に戻ると決めたから…。
"戻る"…とは言ってもブン太のいるこの家こそが俺の帰る場所
だと何かの折に言ったことがあったけどそれは決して嘘
じゃない。今でもその気持ちに変わりは無いよ。
でも、この居心地のいい場所に留まるには捨ててきた…いや、
捨ててきたと思っていた場所に後悔することを多く残し過ぎて
いる。
ブン太に拾われてから、毎日必死に前向きに生きているブン太を
見ていて、好きだと思うようになって…。
このままじゃいけないと考えるようになったんだ。だから、俺は
やり残した事をすべてやり遂げてから許されるならば、ここに
帰ってきたいと思う。
でも、どれくらい全てを終えるまでどれくらいの時間が掛かるか
分からない。一年後かも知れないし、一生終わらないかもしれない。
だから、待たなくていいよ。俺の事は忘れてしまっても構わない。
遠くに居ても俺はブン太の幸せをいつまでも祈っている。
さようなら。どうか元気で。
ペットこと幸村精市
by 僕から君への10の言葉 6.待たなくていいよ COUNT TEN.
※※※※
手紙の内容。
「ただいま。」
疲れた体を引きずるように自宅に入った途端に
ブン太は違和感を感じて顔を上げた。
「…幸村?」
いつも鍵をあけると『おかえり』という言葉と共に
出迎えにくるペットが今日は珍しく目の前にいない、
それどころか家は火が消えた様に真っ暗で人の気配がしない。
「幸村ぁ?寝てんのか?」
疲れさえも忘れて慌てて靴を脱ぎ、リビングの扉を開けるが
明かりの消えた部屋からは返事は無くてブン太の心に嫌な予感が
過った。
「幸村!」
駆け出す様に幸村に与えた寝室の方へ駆け出したブン太が、
ダイニングテーブルの上に置かれた一通の手紙…ペットからの
"さよなら"の証に気付くのは数分が過ぎた後だった。
by 僕から君への10の言葉 10.さよなら COUNT TEN.